2020.09.17
梅岡祐介
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  • 梅田・北新地

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旅めがねの取材と記事を書くこと、学生たちと一緒に少しずつ進めています。人の"自然と足が向く"姿を見るのが好き。そんな場所をつくったり、関わったりしていたい。誕生日辞典に「57歳で旅人になる」と書いてあったので、そろそろ旅について考えはじめた2020年、40歳、厄年のど真ん中です。

“文化の発信”を大阪から応援する『はっち』

ローカルメディア&シェア本屋『はっち』で聞く、お金で買えない文化のこと

↑大阪駅(梅田)から北へ徒歩5分ほど。グランフロントの脇を通って梅田スカイビルへと続く遊歩道を通り抜け、もう少し歩くと「はっち」に着きます。阪急中津駅からも徒歩3分ほど。
フリーペーパーやフリーマガジンなど、全国から集まった200種類以上のローカルメディアが置いてあり、自由に手にとって読み、持ち帰ることができるというお店『はっち』。1階壁面には約40人の書店主がスペースを借りて本を販売する、“シェア本屋”の棚も設けられています。それだけ聞くと、田舎の国道沿いにある無人の野菜販売所みたいなイメージも湧いてきますが、どうやらちゃんと人はいるよう。今回はこの『はっち』のこと、お店の立ち上げから企画に関わってきた田中冬一郎さんに話を聞いてきました。(2020年7月28日取材)
日本で3番目の“フリーペーパー専門店”としてはじまった『はっち』
↑平日の夜8時。昼間にされている銀行員のお仕事帰り、いつもの開店時間30分ほど前にフラッとお店に現れて、「ちょっとだけ待ってくださいね」と看板を出し、ひと通り準備を終えてからインタビューに応えてくれた田中さん。
今から5年前、2015年11月に『はっち』は“はちみつとフリーペーパーの店”として誕生し、大阪で唯一の「フリーペーパー専門店」とメディア等で紹介されてきました。

田中さん自身、過去にフリーペーパーを発行していた時期があったとのこと。その時に感じていた「どこで配ればいいの?」という悩みが、『はっち』のアイデアにつながったと言います。

「フリーペーパーって、どこにでも置いてそうで、意外と置いてないんですよね。たとえばタワーレコードとか、雑貨屋には置いてあったりするけれど、チラシやイベントフライヤーと同じ扱いで、店の隅っこのラックに入れられてたりするでしょう?あれだと簡単に捨てられてしまうイメージがあるし、お店もお金になる商品とお金にならないものを分類していて、お金にならないものは余ったスペースで、という感覚があると思う。フリーペーパーを発行している側の立場からすると、ちゃんと置いてもらえない悔しさがあったし、一方でフリーペーパーを探している人が、改めて探そうと思った時に、今度はどこに置いてあるのか分からないという、そこにミスマッチがあるなと感じていたんです。」

フリーペーパー専門店といえば、東京には『ONLY FREE PAPER』というお店が10年ほど前からあり、また『はっち』の生まれる半年ほど前に、京都で『只本屋』というお店がオープンしていました。

「東京と京都にあるなら、大阪にも欲しいよね、と思ってつくりました」と、田中さん。「大阪には、文化というものに対して、良くも悪くも東京や京都と違った独特のスタンスや見られ方があって、そんな場所から“文化を発信している人を応援する”ということには意味があるなと思ったんです。」

そんな田中さんの想いを背景に、『はっち』は日本で3番目のフリーペーパー専門店として、ここ大阪に生まれました。
フリーペーパーの「フリー」は「無料」じゃなくて「自由」なんです
↑『はっち』1階の奥の壁に書かれている言葉。「たくさんの小さな場所で、たくさんの小さな人々が、たくさんの小さなことをすれば、世界を変えられる」。これはベルリンの壁に残されていた落書きの言葉なのだそうです。
「“フリーペーパーのお店”って言われても、え?どんなお店?って、ピンとこないでしょう?カフェならカフェ、ギャラリーならギャラリーで固定のイメージがあるけれど、フリーペーパーの店って言われてもイメージが湧かない、そもそもよく分からないものだから“なんでもあり”なんですよね」と、続ける田中さん。

“こうあるべき”というような暗黙のルールが存在しない世界だからこそ、そこにいる当事者の捉え方次第でどんなものにも変化していける、何にでもなれるといった楽しみがあるのかも知れません。明確な定義のない“曖昧な存在”のままでいるということは、不安になってもおかしくない状態のはずなのですが、田中さんはそれを楽しんでいるような。

また、田中さんは「フリーペーパーのフリーは“無料”じゃなくて“自由”のフリー」だと言います。それぞれの捉え方次第で、ある人にとっては宣伝用のチラシでしかないものも、別のある人にとっては立派なフリーペーパーだったりするのだと。

「何かしら個人の想いが見える文章が書かれていたりすると、それはもうぼくにとってフリーペーパーなんですね。フリーペーパーを“自由なメディア”と捉えると、webや映像だってフリーペーパーと言えます。そうやって一般的なフリーペーパーのイメージを拡大解釈する意味も込めて、最近では“ローカルメディア”と呼ぶようになりました。」

2020年、コロナの影響で取材に行けないなど、廃刊したりwebメディアに移行するフリーペーパーも多いのだそう。そんな中で『はっち』はこれまでと変わらず“自由なメディア”の受け皿でいられるよう、自らも自由に形を変えていく。そんな変化の途中を見せてもらっているような気がしました。
Amazon で買えないものしか置いてない
さてさて『はっち 』に数あるフリーペーパー、どれも個性的なものばかりですが、いくつか印象的だったものをご紹介します。

『Himagine【ヒマジン】』

学生の頃に趣味でつくりはじめたメンバーが、社会人になってからもなんとなく不定期発行を続けているという、見るからに完全手づくりのフリーペーパー。田中さんは彼らが学生の頃から知っているそう。これぞフリーペーパー!という敬意を込めて田中さんに「ここまで質の低いものは他にない」と言わしめた逸品。vol.25ではアラサー会社員たちの超個人的な話が体験談や4コマ漫画で脈絡なく散りばめられていて、確かにタイトルの通り暇人には最高の暇つぶしツール。

『JR九州鉃聞』

発行のところに「九州旅客鉃道株式会社 東京支社」と書かれているように、レッキとしたJR九州公認のフリーペーパー。にしては!の、この手づくり感に驚かされる。本当にJR九州が好き、鉃道が好き、沿線のまちが好きなんだなぁ、という気持ちが伝わってくるような、丁寧に時間をかけてつくられている印象がとても魅力的。いわゆる“中の人”が本音で発信している会社公認の情報と言えば、TwitterのSHARP公式アカウントを思い浮かべる。

『三浦編集室』

「石見銀山・島根県大田市大森町の暮らしを伝えるフリーペーパー」と、このvol.1冒頭の創刊特集、出だしの文章に書かれている。読むと、この「三浦編集室」ができる前は「三浦編集長」というフリーペーパーだったというではないか。編集長が編集室に変わっただけで、どちらも三浦!大胆にも媒体名に個人の名前をつけているこのフリーペーパーは、三浦さんの勤める群言堂という会社の立派な広報誌なのだとか。田中さんの言う「個人の想い」がしっかり綴られている気がして、とても興味深い。

ここで紹介したのは『はっち』に置いてあるフリーペーパーの中の、ほんの、ほんの一部。学生が発行している実験的なフリーペーパーや、プロの編集会社が発行しているとてもクオリティの高いものまで、一つ一つ手にとって眺めていると、それだけで何時間も過ぎていってしまいそうなくらい、たくさんのフリーペーパーが置かれていました。

田中さんは、「ここには“Amazonで買えないもの”しか置いてない」と言います。

欲しいものがあれば、スマホで簡単に検索して探すことができますし、スマホで探して見つかるものは大抵、お金さえ支払えば手に入るものばかりですが、「フリーペーパーはお金で買えない」でしょ?と。

「“買わないと楽しくない”っていう発想から自由になれるんです。これだけインターネットやSNSが生活に浸透すると、いつだって気に食わない価値観はブロックできるし、会いたくない人には会わなくてもいい。逆に言うとwebとかお金っていうのは自分の興味あるものにしか触れられないけれども、フリーペーパーは“ノイズ”を手に取りやすいんです。」

“ノイズ”=雑音。普段の生活においては“必要でないもの”、余計な存在。お金とか経済とか、損得勘定で計算している“必要なもの”にはカウントされないけれども、確実にこの世界に存在している「人の想い」だったり、一見自分とは関係のなさそうな様々な文化だったりを、田中さんは“ノイズ”と呼んでいて、その“ノイズ”に意図せず出会えるのが楽しいのだと、『はっち』の運営を通じて教えてくれているようでした。
おまけ〜『はっち』の風景とこれから
田中さんにインタビューをしていると、フラッとフリーペーパーを持ってこられた方がお二人もいらっしゃいました。こんな風に誰でも気軽に覗いて入れる『はっち』。

今年は新しい取り組みとしてシェア本屋をはじめたり、YouTubeチャンネルも作ったりして活動の幅を広げています。

「“自主制作映画バー”もやろうと思ってます。」と、田中さんはますます自由を楽しむ様子。しかしそこに一貫してあるのは、「お金以外の価値観」=“文化”の発信を応援するというスタンス。これが、大阪中津の『はっち』なんです。